Jul 8, 2010

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とある人が奇跡は起きると言う。その言葉に対してのリアクションは生きてることが既に奇跡なので感動はそこに既に存在するということ。現実として生きている以上、そばにある喜びや悲しみは個々の人生をきたしてみせたり又は潤いを与えることもありうるがその際の感情、感動は常に前に述べた奇跡に敬意を示していればそう動じることはない。さらに内側に描かれているものが美しければもう既にそれでいい。たとえ外側が死のうが生きてようが全く関係ない。人間らしく生きるよりも迷わず 自分が選んできたものは啓示の受け皿としての自分である。そしてそれをこなせないのもまたやっぱり自分である。狭間こそが生、やっぱりこの世は美しい。
 












ラティース ラティッセ
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